新潟生まれ新潟在住、ゲームシナリオライター兼小説家。
主に女性向け恋愛ゲームを製作。
小説は恋愛からファンタジー、歴史まで幅広く執筆中。
慎平とはあれから連絡だけのやりとりが続いている。こちらから会おうと言わなくなったら、あちらも会おうというそぶりは見せなくなった。
(何かあるんだろうな……)
例えば、浮気……とか。
もう、慎平に気持ちはなかった。だから別れるなら綺麗さっぱり別れたいのだが、きっかけが欲しい。いや、きっかけなどなくともいくらでも別れる方法があるにはあるが、このまま自然消滅というのも気持ちの悪い話だった。
休日に、電話をかけた。
出ずにすぐ切られたので、私はそのまま彼の住む部屋に向かう。
合鍵を使って中に入る。
(……)
女物の靴が一足、揃えて置いてあった。
クロだ。
私は部屋に上がり、静かにリビングの扉を開けた。
「……慎平」
「うわっ、晴菜!」
慎平はソファで私のよく知っている女とくつろいでいるところだった。
女は、慎平の後輩で私とも親交のある人間だった。彼女は私と慎平が交際していることも知っている。だから、もう、この関係は終わりだ。綺麗さっぱり、別れよう。
「慎平、別れよ」
「え、あ、ああ、うん」
呆れた。
最後まで煮え切らない男だったと思いながら、扉を閉めた。
扉を閉めたら、泣けてきた。
あんな男でも、私は長い間付き合っていたのだ。慎平に愛されたくて、いろんなことをした。その努力が全部水の泡になったとは言わないが、もう愛情の矛先は慎平には向かないのだ。
「……仕事、行こう」
もう私には仕事しかないと思った。
どちらにせよ、今日は出勤日だったし。
仕事をすれば、気が晴れるかもしれない……。
――借金返済のスピードは加速度的に進んでいた。あと五十万返せば、完済だ。
ふた月もすれば完全に返せる額だった。
(でも……)
風俗の仕事にやりがいを感じ、昼間の仕事ともバランスが取れ始めている私には、完済後の生活が徐々に見えてきている今、一番気持ちがぐらついていた。
借金を返しても風俗を続けるか。それとも、借金を返したら即、店から足を洗うか。
(今の方が美味しいものも食べられるし、綺麗な服も買えるし……)
何より、私は恵まれていた。
スタッフ、先輩嬢、お客さん。
全員が優しくて、全員が親切だとまではいかないが、昼間の仕事よりずっと人間関係はよかった。
昼間の仕事を辞めるつもりはない。かと言って、店を辞めるのは居心地のいい空間をひとつ失う気がする。つらいときだって、天野さんやドライバーさんやえりさんがいてくれるから、また頑張って仕事をする気になるのだから。それは昼間の薄ぼんやりとした事務の仕事からは得られない感覚だった。
何よりも……、自分は必要とされている。
お世辞や社交辞令かもしれないが、『わかなちゃんじゃなくちゃだめなんだ』と言ってくれるひとがたくさんいる。お客さんも、『わかなちゃんのプレイが好き』『わかなちゃんが好き』と褒めてくれる。褒められること、肯定されることが今までなかった私には、店と仕事にかかわる人間が知らず知らずのうちに慕わしくなっていたのだった。
――そんな、土曜日の夜。
最近のエンドウさんは決まって、毎週土曜日の一番遅い時間帯に呼んでくれるようになっていた。
仕事で疲れている私を気遣ってくれていることは確かだった。
いつも一番長いプレイ時間で、延長することも最近はしばしばあって、本当の恋人同士のようにリラックスした時間を過ごせた。いちゃいちゃするだけで、エンドウさんが疲れているときもあり、マッサージをするとそのまま眠ってしまうことも多かった。
「エンドウさんも、疲れてるんですね」
「俺も歳だからねえ」
「まだいくつ? 四十とかでしょ?」
「三十八。四十も近くなると、あちこちガタが来始めるんだよ」
いつものようにプレイが終わったあと、ぬるいお風呂に入って身体を温めている最中だった。
「俺もねえ……そろそろ、潮時かなって思ってさあ」
「何が?」
「んー……」
エンドウさんは言葉を濁した。
「ま、いっか。わかなちゃんがいてくれればそれでいい」
「私もー」
「ルームサービス、なんか取ろうか。お腹空いたでしょ?」
「ありがとうございます」
毎週同じホテルで、毎週同じひとと、毎週恋人のように過ごす時間。
何があってもこの日だけは(生理のとき以外は)空けていたし、エンドウさんも少しずつプライベートのことを話すようになっていて、気の置けない一番のお客さんに間違いはなかった。
「わかなちゃん、本当に綺麗になったね」
「エンドウさんのおかげです」
「うぬぼれてもいいかなあ」
「もちろんです」
「でもね、最初来たとき、垢抜けない子だなあって正直思ったんだ。けど、今は違うよ。すごく可愛いし、綺麗だし、肌も柔らかくなったし、きめも細かくなったし、……ほら、こんなふうにさ」
「あ……」
後ろから抱きしめられる。首筋に頭をうずめ、耳元で熱く囁かれる。
「ほんと、俺だけのものにしたくなるときがあるよ……」
「エンドウさん……」
聞かなかったことにする。
その日はそのまま別れ、直帰でドライバーさんに送ってもらった。
(エンドウさんが恋人だったらなあ……めんどくさいこととか、ないんだろうなあ……)
見果てぬ夢だ。やめておこう。
今の私には、借金返済という目標がある。
(でももう、再来月にはそれも達成しちゃうし)
考えなければならない時期がやって来ていた。
◆
「わかなさん、ちょっと」
「……はい」
天野さんに呼ばれて、事務所へ足を運ぶ。
「店長から言われてるんだけどね……借金、あとどれくらい残ってるの?」
「あと五十万です」
「五十万か……」
「……」
「じゃあ来月末には返せちゃうね」
「そうですね……」
言わんとしていることは分かり切っていた。
その答えも用意していた。
「単刀直入に言うね。わかなさん、借金返済終わっても、店に残ってほしい」
天野さんはいつになく真剣だった。
「わかなさんは真面目だし、ルックスが抜群ってわけじゃないけど、すごく綺麗になったし、なによりお客さんに喜ばれるサービスをしてくれるって評判なんだよ。正直、ここまで伸びるとは僕も思っていなかった。あとね……これは店長から言われたことなんだけど」
「はい」
「先月、わかなさん店のナンバーワンだったんだ。たぶん今月も集計取れたら一番だと思う」
「……はい」
店のナンバーワン、つまり私は店の看板ということになる。
「もしもこのまま店に残ってくれるなら、わかなさんをもって大々的に売り出したいんだ」
「……そうですか」
「看板料はもちろん、出すよ、顔は出さなくてもいい。昼間の仕事もあるだろうし、今以上にシフトを入れろとも言わない。だけど、一番の売れっ子を来月で失うのは、正直店として痛い」
私は何も言えなくなる。私は商品の一部でしかない。たとえそれが、店の一番だったとしても。
それでも、ここまで頭を下げられ、ここまで請われたことが人生であっただろうか?
ないだろう。
「少し……考えさせて下さい」
「うん、分かってるよ。重大な決断になると思うし、でもくれぐれもよろしくね」
「はい」
待機室で悶々と考えた。
まさかこんなに早く決断を迫られるとは思っていなかったのだ。
そうこうしているうちに、予約が入り、仕事に行かなくてはならなくなる。
目の回るような忙しさの中で、決断は先延ばしにされていた。
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第7話 後編は7月9日公開です
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