新潟生まれ新潟在住、ゲームシナリオライター兼小説家。
主に女性向け恋愛ゲームを製作。
小説は恋愛からファンタジー、歴史まで幅広く執筆中。
「うわーって、何かあったの? もしかして、……その」
天野さんは疑り深い視線をよこしてきた。
「違います! NG行為は一切やってません」
私が慌てて否定すると、彼は怪訝そうな顔をして首をかしげる。
「じゃあ、なに?」
ここまで追求されては、言わなくてはいけないだろう。
「実は……言いにくいことなんですけど、プレイ中に居眠りをしてしまって……エンドウさんも、起こしたりはされなかったんです。一緒に寝てたって。すみません、仕事としてあり得ないことをしてしまいました!」
深々と頭を下げたが、降ってきた言葉は朗らかなものだった。
「いいんだよ、わかなさん」
「え?」
ふっと顔を上げる。天野さんはいつもの柔和な顔で微笑んでいた。
「エンドウさんは皮肉とかお世辞とか、回りくどいことは言わない人なんだ。だから今日も遠回しなクレームの電話じゃないと思う。わかなさんのことが本当に可愛かったんだろうね。僕たちはプレイ内容うんぬんより、お客さんが本当に喜んでくれればそれでいいと思ってる」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「確かに、プレイ中に寝るなんてもってのほかだけどね。だから今度からは気をつけてね?」
そう言いながら、天野さんは冷蔵庫から一本八百円もする高級栄養ドリンクを取り出した。茶色の小さな瓶のそれは、安いドリンク剤と違い、匂いがすごいし味も美味しいとは言えないが、確かに飲むと良く効くものだった。……一度しか口にしたことはないけれど。
「はい」
「……なんですか?」
「これ、僕からのプレゼント。もし今度すごく疲れて仕方なくなったらこれ飲んで、頑張って。エンドウさんだから許してくれたかもしれないけど、他のお客さんはそうはいかないからね」
「ありがとうございます!」
私は両手でうやうやしくそれを受け取って、バッグに入れた。
そのとき受け取った自分の指を見て、驚いた。思わず無言になる。
「どうしたの? わかなさん」
「……いいえ。……ちょっと、痩せたなあ、って思って……」
太くて肉がむちむちしていた指は、ほっそりとマニキュアが似合う指に変わっていたことにちっとも気付かなかった。そういえば指輪もプレイの邪魔になるということで、この仕事を始める際にすべて外してしまっていた。今家にある指輪を着けたら、ぶかぶかではめられないに違いない。
「うん、痩せたよねえ。体重、今どれくらい?」
「……ここのところ、忙しくて測ってないです。でも服のサイズはワンサイズ落ちました」
「忙しかったからねえ。夜中にあれだけ食べてて、まだ痩せるんだもの。でも身体には気をつけてね、本当にね」
「そうですね。気をつけます」
事務所から出て、待機室に戻る。壁にかかっている時計を見ながら個室に入り、そっとカーテンを引く。
(あと四時間か……一本入るか入らないかで、終わりかな)
エンドウさんのところで眠れていたので、栄養ドリンクの出番はまた今度になりそうだ。ブランケットにとりあえずくるまり、目を閉じる。お腹は、空いていない。まぶたを閉じた薄闇の中で横になっていると、いろいろな思考が次から次へと浮かんでくる。
昼間の仕事のこと、この風俗の仕事のこと、自分の将来のこと、エンドウさんのこと……。
(これから私、どうなっちゃうんだろう)
自分を決めるのは他人であってはならない。
最後に決めるのはいつでも自分でなければならない。もう人に流される人生を歩むのはやめたんだ。
(だけど……)
どうしても情に流されやすい性格らしい。もっとビジネスライクに生きられたら、この仕事ももっとやりやすいと思うのだけど。でも風俗嬢は、ちょっとの間お客さんの恋人になる仕事だから本当の意味でのビジネスとはちょっと勝手が違うとも思う。
(強いて言うならば、真心を売る仕事、かな……)
天野さんはいつも言う。
『お客さんには、嬢の心が伝わる』って。
『どんなに若くて、どんなに綺麗でも、冷たい気持ちでやっている嬢のところにお客さんはつかない』。
だから、サービスとは言うけれど、本当のあったかい気持ちでやっていかないと、お客さんにもそれが伝わってしまうのだと。お客さんを癒してあげたい、喜ばせてあげたい、そんな気持ちが嬢にはどうしても必要になるんだと。
そういう意味では、私は本当に心を尽くしてこの仕事をやっている。最初は純粋にお金のためだった。だけど、お金を得ていく過程でいろいろなものも手に入った。思いもかけず。
「大丈夫? わかなさん、お仕事入ったよ」
「……はい」
私はまた、仕事に出ていく。答えの出ないまま。
ただ、真心を売りに靴を履いて、車に乗り込む。
(今日は考えるの、よそう……)
それなのに。
ふっと浮かんできたのは、さっきまで一緒に眠りこんでいたエンドウさんの優しそうな顔だった――。
◆
「そういうわけで、明日になるけどいいかな?」
「はい、何か用意するものはありますか?」
「わかなさん側で用意するものは特にないよ。綺麗めの格好してきてくれればいい。取材で写真撮るから、プライベートで着てる服じゃない方がいいね」
天野さんに簡単なメモを渡されて、退勤前にちょっとした打ち合わせをする。
明日は有名な風俗雑誌の取材があるのだ。風俗雑誌は待機室に参考としていつも何冊かバックナンバーが置いてあるのだが、その中の一冊に目を通しながら指示される。
「インタビューとか、個人情報とか聞くことは何もないからね。お店の紹介だから。わかなさんにはお店の看板嬢として顔出しなしの写真撮影とプレイ取材の協力をしてもらうね」
「はい、いつもどおりでいいんですよね?」
「うん、オプションなしのフリーでお客さんが来たと思ってもらえばいいよ」
「分かりました」
プレイ取材ということは、雑誌ライターさんにプレイをしてあげるということで。でも、普段と変わりなくやればいいのだから、何も心配することはない。
(真心で接すれば、ライターさんもきっと評価してくれる)
「頑張ります!」
「うん、その調子。ありがとう、わかなさん」
月が沈むころ家に帰って、ゆっくりと一日の疲れを落とす。三時間だけ眠って、昼間の仕事に出勤だ。こんなハードな生活にも慣れて(さすがに今日はつらかったけど……)、事務の職場ではいろいろ言われることも多い。
『彼氏できたでしょ?』とか、『痩せた?』とか、『最近いいことあった?』とか。
でも何も言わないで笑ってごまかしている。事務の仕事も風俗も続けるつもりだし、もっとバランスがとれればいいと思っている。そうすれば、精神的にも金銭的にもより安定した生活が手に入るだろう。
「おやすみなさい」
誰に言うでもなく、ベッドに入って休んだ。
三時間しか寝られなくても、気持ちは不思議と穏やかだった。
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第8話 後編は7月23日公開です
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