新潟生まれ新潟在住、ゲームシナリオライター兼小説家。
主に女性向け恋愛ゲームを製作。
小説は恋愛からファンタジー、歴史まで幅広く執筆中。
――あくる日。
いつものように予約でかなり埋まっていることを知らされ、出勤する。
待機室で化粧をしてから着替え、準備が整ったところで事務所に向かう。
「お疲れさま。これからこのホテルに行ってもらうんだけど、新規のヤシロさん。百二十分で」
「新規でそれだけ長いって珍しいですね」
「そうなんだけど……」
天野さんは言葉を濁した。
「もし変なことされたりしたら電話してきてね。……わかなさんのことだから、大丈夫だと思うけど」
今までもおかしな体験や危ないお客さんには何度も遭遇してきた。そのキャリアがあるからちょっとやそっとのことでは事務所に逃げ込んだりはしない。お客さんを納得させて私なりのプレイを続ける自信がある。
「分かりました。でもここ、ちゃんとしたビジネスホテルですね。平気ですよ」
「わかなさんは心強いね。ありがとう」
「天野さんもお仕事頑張ってくださいね。今日も稼いできますから」
「そうだね!」
満面の笑みで言われて、私もほっとする。
(さて、お仕事お仕事)
車に乗り込み、昼間の仕事で疲れた身体をシートに預けた。
「今日もわかなさん絶好調?」
「ええ、頑張りますよ!」
「わかなさんがいるとやっぱりお店が活気にあふれるっていうか、違うんだよねえ。お店が生き生きするって言うのかな。俺も君と話してると楽しいし、いつもありがとね」
ドライバーさんは妻子持ちの五十代。色恋がどうのという歳ではないので、肉親か何かのように何でも話せる。疲れた心身に沁み入るような話で、移動中の私を癒してくれる仕事上での大切なパートナーだ。
「じゃ、行ってきます。百二十分後にまた」
「お疲れさま。行ってらっしゃい」
ほどなくして車はビジネスホテルに到着する。私は宿泊客のひとりで、同伴者が待っているかのようにフロントに見せかけてドライバーさんと別れた。
部屋番号を確かめ、いつもの手順を踏んで連絡をとる。
「ヤシロさまでいらっしゃいますか? わかなです」
「ああ、部屋の鍵開いてるから入ってきて」
フランクな物言いと声に、まだ若い感じの男性だと直感する。
(もしかしたらめんどくさいことになるかもなあ)
その直感は、大体当たる。
ドアを開けて、驚いた。
(八島さん!?)
この間の風俗情報誌の取材ライターだ。
(本気で来たか……)
「わかなさん、会いたかったよ」
私を見るなりいきなり抱きしめ、髪にキスをしてきた。
(こういうときの対処法は……)
あくまでも、普通に新規のお客さんとして扱うのが適当だろう。素性が取材カメラマンだろうがライターだろうが編集者だろうが、今この瞬間私のお客さんであることには変わりない。面倒な口説き文句への対応は後回しだ。
「わあ、来てくださって嬉しいです。今日はお仕事は休みなんですか?」
「いや……仕事終わり。給料入ったから、君に会いに来たよ」
「ありがとうございます」
「てか、覚えてるよね? 俺のこと?」
本格的に面倒なことになってきた。このお客さんは下手をすると、いずれ事務所に連絡をしなければならなくなる人物かもしれない。今は私なりに何とかできても、こじれると事務所にも迷惑をかけてしまうことになる。
「覚えてますよ?」
「じゃあ俺の名前がヤシロじゃないことだって分かるよね?」
「そうですね、八島さん、ですよね」
店の客は予約の際に偽名を使ってもいいことになっている。だからこの先“ヤシロ”として私を利用することになるのだろうが、ふたりで会うときは“八島”でありたいという彼の身勝手な願望である。
「会いたかったよ……ほんとに。長かった」
八島さんは私を抱きしめたまま離してくれない。店に連絡を一報入れないといけないのに(おそらくそれを知っていて)彼は甘い言葉をささやき続ける。私としては、仕事をきちんと開始したいのに、これじゃなんだか調子が狂って嫌な気分になる。
風俗嬢にとって一番いいお客さんは、金払いがいいのもさることながら、きちんとこれが非日常の娯楽ということを割りきった上で楽しんでくれるひとだ。限られた時間、決められたお金の範囲内でサービスを楽しんでくれるひとのことだ。こんなふうに勘違いされるのが一番困る。
正直、見当違いの行為をもって接してもらっても嬉しくもなんともない。
「ありがとうございます。八島さん、とりあえず事務所に連絡させてくださいね? 連絡しないと、事務所が心配しちゃうし、最悪事務所の人間が来ちゃうかもしれないので」
「……そ、そうだね……」
やっと身体を離してくれた。私が入室前の連絡を入れてから十分以上経っている。事務所がそろそろおかしいと思い始めるころだ。プレイ開始が遅れると、その分だけあとが詰まる。ドライバーさんにも事務所にも、次のお客さんのプレイ時間にも影響が出るので、ここだけははっきりさせておかなければならない。
連絡を済ませ、空調を高めに設定してからシャワーを一緒に浴びる。
先回仕事とはいえ二回戦は無理ということだったので、一回戦をゆったりと、じっくりと行うことになる。お風呂で全身を洗ってあげながら、そっとペニスを愛撫する。あくまでも、これは前戯だ。ハードにはやらずに、期待感を高めてあげる。
「手コキも上手いんだねえ……俺、それだけでイッちゃいそうなんだけど」
「すごい硬いですねー。ドクドクいってる」
「もう……俺、やばいよ。早くベッド行こう」
キスをしながら身体を拭いてあげて、ベッドに向かう。
百二十分で一回戦ということは、かなり趣向をこらさなければならないだろう。
「もっといちゃいちゃしてよ、わかなちゃん」
「じゃあマッサージでもしましょうか? お仕事で疲れてるんでしょう?」
「わかなちゃん」
「え?」
急に八島さんの口調が変わった。
「俺のこと分かってるんでしょ? わかなちゃんがこの間お客として通ってくれるなら考えてくれるって言ったから、俺、ちゃんとそれ守ったんだよ。わかなちゃんは俺との約束を破るつもりなの?」
「……」
(やっぱり勘違いしてるな、このひと。私、お客として通ってくれるなら恋人になるなんて一言も言ってないのに)
「俺の彼女になってよ」
「……それは」
「なってくれないなら、こっちにもやり方があるよ」
「……どういうことですか?」
(脅しか……)
「わかなちゃんの実際の顔、ネットに流す。昼間の仕事にいられなくしてあげるし」
これは、問題外だ。だけど、ここで今馬鹿正直に事務所に連絡しますなんて言えない。
あとでしっかり、事務所とこのひとの仕事先の間でやりとりしてもらえば、かえってその方がうまくいくだろう。ここは……。
「ごめんなさい、私、何か勘違いしてました」
「何を?」
「八島さんがそんなに本気だと思わなくて……。今日は、精いっぱいお仕事させていただきますね」
思いっきりの笑顔で優しく笑ってみせる。
「俺はそんなことを言ってるんじゃない」
「でも、どうせなら楽しみたいでしょう?」
八島さんがちょっと口ごもった。
「それは、そうだけど……じゃあ今日はヤラせてくれるんだね?」
「今日は始めにお客さんとしてちゃんと私のプレイ、最初から最後まで体験してもらいますね。恋人行為はそれから先の話です。よろしくお願いします」
裸のまま、深々と頭を下げた。
「ものすごく気持ちよくさせてあげますよ。NG行為なんて、なくても」
「でも俺は君とヤリたいんだけど」
「とりあえず体験してみてください。もしかしたら二回目、イケるかもしれないでしょう?」
ここは徹底的に疲れさせて搾り取る作戦で行こう。
どうも疲れているし、その上仕事帰りらしいし、イッたら寝てしまう可能性だってある。
それに賭ける。
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第9話 後編は8月6日公開です
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