新潟生まれ新潟在住、ゲームシナリオライター兼小説家。
主に女性向け恋愛ゲームを製作。
小説は恋愛からファンタジー、歴史まで幅広く執筆中。
「こんばんは、わかなです」
「わかなさん、久しぶり」
とは言っても、エンドウさんとはほんの一週間ぶり程度だ。正確には六日。毎週土曜日の深夜、最後の予約。それがいつもの彼のスタイルだったのに、今日だけは違った。
(何があったとしても、私は私、エンドウさんはエンドウさん……。こういうときこそ、癒してあげなくちゃ)
六日ぶりに見るエンドウさんは、少しだけやつれたように見えた。
「お疲れさまです、今日もよろしくお願いしますね!」
いつもよりにこやかに対応して、ホテルの一室に入った。
「わかなちゃん、今日大丈夫だった? 俺、いつも土曜日に呼んでるのに、今日は違うから……」
「いいえ、嬉しいですよ」
何かがあったのか、とはこちらからは決して聞かない。エンドウさんがきっちり自分で守っているペースを、自ら崩したのはそれなりの訳があったからかもしれないから。
「とりあえず、シャワー浴びて、飲もうか」
「はい、いつもごちそうさまです」
高層ホテルの一室、それは最初に呼ばれたときから変わらない。ルームサービスでお酒を飲んで、それからプレイに入る予定が立っているのも変わらない。百五十分と聞いていたので、事務所に先に連絡を入れることを告げると、エンドウさんが申し訳なさそうな声で言った。
「わかなちゃん。今日はこの仕事最後の予約だよね?」
「はい。もうこのあと仕事は入りません。エンドウさんのあとは入れないように天野さんが指示してくれてるので……」
「じゃあ、さ」
「はい?」
一瞬、間があった。言おうか言うまいか迷っている感じだった。
「百五十分を倍にしてもらえないかな。倍じゃなくてもいい。君がここにいてもいいっていう時間まで、俺といてくれない?」
「え……?」
今日最後の予約だったから、それなりの時間帯だ。それを延ばせというのは、明日昼間の仕事が休みの土曜でも、疲労が残るかもしれない。咄嗟にいろいろ考えていると、エンドウさんは言葉を重ねた。
「わかなちゃんが困ることは絶対しない。ただ、一緒にいてくれるだけでいいんだ」
「分かりました。……とりあえず、百五十分プラス九十分で、二百四十分。三時間でどうですか?」
「ありがとう。恩に着るよ」
私は事務所に伝えると、事務所側としてはお金を稼げるいい機会なので、喜んで対応すると言ってくれた。
『わかなちゃんは大丈夫? つらくなったらいつでも電話してきていいからね』
「ありがとうございます」
電話を切って、アラームをかけ、そこからはエンドウさんとふたりきりの世界になる。
私は期限付きの恋人……。だけど、エンドウさんに対しては違った感情を持っていることに最近気づいた。それは恋とか愛とかではない。上客へのいたわりでもない。可哀想というか、不憫というか、慣れ親しんだ関係であるからこその情みたいなものがあった。
「エンドウさん、一緒にいましょう」
「うん……ごめんね、無理させちゃって」
「いいんです、エンドウさんのためだったら、これくらいしますよ」
それから夜景を見ながらお酒を飲む。すると、彼はカバンの中から小さな包みを取り出した。
「これ、お土産。この間出張があってね……西の方まで行ってきたんだ」
「わあ、なんですか?」
「開けてみて」
エンドウさんがプレゼントをしてくれることは今までもちょくちょくあったが、それは形に残るものではなくて、出張先での名産の食べ物がほとんどだった。形に残る高価なものが嬢にとって煩わしいものだということもきちんと知っているエンドウさんらしいやり方だ。
「わかなちゃん、甘いものが好きだったでしょ? 待機室の皆と食べるといいよ」
「ありがとうございます。皆でいただきますね!」
ぶどうを一粒丸ごと白餡と求肥で包んだお菓子。私が小さい頃食べたことのある大好きな銘菓だった。
「これ大好きなんですよ! 昔叔母がよく送ってくれて……懐かしいです」
「そうなの、叔母さんが……」
「ええ、今叔母は引っ越しちゃって、これ食べられなくなっちゃってて……嬉しいです、ありがとうございます」
包み紙を丁寧に畳み、紙袋に入れ直してから宴は再開した。
やっぱり、今日のエンドウさんはどこか違う。
こういうとき、嬢から聞くのはお節介だと思ってたけど、今日ばかりは聞いてほしいような雰囲気を醸し出している。夜景の方を見てばかりで、ろくに私の顔を見ようとしない彼に焦れて、とうとう口にしてしまった。
「……エンドウさん、どうしたんですか? 今日……。いつもと、違う」
「そう見える?」
「ええ、だって私といつも変な話で盛り上がってるのに、落ち込んでるみたいに見えます」
「そうだね、ちょっと落ち込んでるのかもしれない」
シャンパングラスをコトリとテーブルに置き、一転して私の方をまっすぐに見つめた。
「さっき、出張って言ったのはね……嘘なんだ」
「嘘……?」
「妻の七回忌で、法要に行っていたんだよ」
「……」
何と言葉をかけていいか分からない。
「もちろん、死別して七年も経っているからそうそうもう縁は切れているんだけど、なんとなく、行ってしまったんだ」
(そうか……奥さん、亡くなってたんだっけ……)
エンドウさんならいくらでも再婚相手なんているはずなのに、七年もそのまま独身でいて、しかも法要に顔を出したのは何か決意があってのことかもしれない。
(だから……私を呼んだんだ。きっと)
何となく察して、私は立ち上がり、エンドウさんの頬に触れた。
「今日で……おしまいってことですか?」
「うん?」
激しい寂寥感が私を襲ってきた。エンドウさんがいなくなる……エンドウさんと会えなくなる。
それは、私にとって喪失以外の何物でもなかった。
「エンドウさん、もうお店に来ないってことですか……?」
「なんで、そう思うの?」
(エンドウさん、ナチュラルに意地悪だな……)
でも心が弱っているひとを放ってはおけない。私はそのまま、エンドウさんを抱きすくめた。
「わかなちゃん?」
「エンドウさんともう会えなくなるのは、嫌です」
「何言ってるの、わかなちゃん」
でも風俗嬢と客の関係ほど薄っぺらい物はない。店に来なくなる、店を変える、ただそれだけでどんなに長く築きあげた関係も一瞬にして崩れてしまうはずだ。エンドウさんを好きな訳ではない。だけど、安らぎの場所がなくなるのは嫌だった。どんなエゴだろうと、私の居場所を奪おうとしているエンドウさんを繋ぎとめておきたかった。
エンドウさんは私の頭を優しく撫でながら、頬を両手で包みこんで持ち上げた。
「……?」
「会えなくなるなんてこと、ないよ」
「ほんとですか?」
「これからもずうっと、会っていきたいんだ、君とは」
「なら、どうして今日は……? 私、鈍感で、すみません」
「七年前まで普通にそばにいた女性がいなくなったことを実感させられて、寂しくてさ……。でも今週一で会う女性がいて、俺、結構幸せ者だなあって思って……そしたら、たまらなくなってわかなちゃんを呼んでた」
少しだけ、嫌な予感がした。けれど、それはすぐに覆された。
「恋人になってくれとか、言わないし、このままの関係でも俺は全然構わない。でもわかなちゃんは俺といて、どうなのかなって心配になったことも、本当はある」
エンドウさんは私に柔らかいキスをしながら、抱きしめてくれた。
「ん……」
「わかなちゃん、聞かせて」
(何を……?)
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第10話 後編は8月27日公開です
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