第3話 前編 - Strawberry Dreamer - いちご文庫

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小説タイトル

作者情報

  • 中野 珠

    新潟生まれ新潟在住、ゲームシナリオライター兼小説家。
    主に女性向け恋愛ゲームを製作。
    小説は恋愛からファンタジー、歴史まで幅広く執筆中。

Strawberry Dreamer

第3話 前編

小説挿絵 天野さんがその女性の紹介をしてくれた。
「このひとはうちの店で働いてもらってるえりさん。一番のベテランだから、待機中にいろいろ聞いておくといいですよ」
「やだあ、ベテランだなんて。これでも結構若いつもりなんですけど」
 女性は笑って彼の肩を叩いた。
「ごめんなさい、そういうつもりじゃあ」
「ほんとですよお」
「わかなさん、そういうことで。あとはえりさんに任せますから、五時を過ぎたらいつでも出られるように準備しておいてください。あと、待機室は空いているところを自由に使ってもらって結構です。ただし、仕事道具以外の荷物はその日のうちに持って帰ってくださいね。僕は事務所に戻りますから何かあったら連絡を」
「はい……」
 天野さんは足早に待機室を出て行ってしまい、あとにはえりさんと私が残された。
 ふたりきりになると、えりさんは笑みを浮かべ、小首をかしげて私を見た。
「えーと、わかなさんね。私から言うのもなんだけど、ちょっと地味ね」
「それ、天野さんからも言われました」
 同じことを女性からも言われると、分かってはいるけど落胆の色は隠せなかった。肩を落として、苦笑してみせる。えりさんもつられて笑ったが、言うことは変わらずストレートだった。
「やっぱりね。出勤は五時だったっけ。それまでに、私がある程度何とかしてあげるから、ちょっと来て」
 促されて待機室の隅にある仕事道具の置いてあるらしいスペースまで連れて行かれた。ハンガーには簡単なコスプレチックな衣装がかけられ、引き出しには消毒道具セット。上にはバスタオルが畳んで積まれていた。
「ここで忘れ物がないか準備をしてから仕事に行くわけ。消毒道具とバスタオルは必須ね。コスプレ希望のお客さんがいたら、ここで必ず着替えを持っていくこと。で、あなたの場合だけど、ここに普通の衣装も置いてあるの。お金が入って自分の衣装が買えるまでは、ここからお客さんのところへ伺うときの衣装を使っていいからね」
 えりさんによると、私の今の黒いワンピースだと地味過ぎ、化粧も地味過ぎて、女性としての華がないのだという。まったくもってその通りだった。やっぱり、私は女性から見ても男性から見ても駄目な女なのだろうか。
「そんな顔しないの」
 彼女は私を慰めるように肩を優しく叩いてくれた。
「頑張るって決めたんでしょ、この店で」
「……はい」
「私が力になるとは言わないけど、最初の一歩くらいは手伝ってあげるわ。そうね……わかなさんは化粧の仕方が下手だから、服を着替えたら私がメイクの仕方を教えてあげる」
「あ、ありがとうございます」
 衣装はえりさんの手によって白に小花柄のシフォンブラウスに黒のプリーツスカートが選ばれ、個室で着替えるように言われた。
「あ、あと下着だけど、ちゃんとセットアップ着けてきた?」
「それは一応……」
 こんなこともあろうかと、下着にだけは気を使って面接に来たのだ。諒くんに会うときにだけ着けていた、ベビーピンクのレースの上下。少しでも可愛いと言われたくて、諒くんとのエッチのときには必ずこれだった。
「お客さん、下着もちゃんと見てるから。何色?」
「え……ぴ、ピンクです」
「あ、いいんじゃない。白とか薄いブルーとかピンクとか、やっぱり仕事用の上下を二、三セット買っておいて、ローテーションで着回してね。常連さんとかできたら、そういうところも気を使っていつも同じにならないようにね」
 えりさんは天野さんが指摘しなかった細かいところまでアドバイスしてくれる。女性らしい気遣いだと思った。
 個室に入って言われた通りに着替えてくると、えりさんのメイクアドバイスが始まった。
「鏡の前に座って。今日は仕方ないから私のメイク道具使うけど、コンビニでも何でもいいから帰りに揃えて次の出勤までに買っておいてね。じゃ、始めるから顔一回洗ってきて。洗面所はあっち」
 指差されて言われるままに洗面所に向かう。メイク落としも洗顔料もきちんと置いてある。顔を洗っていると、ふと時計に目が行った。午後四時十九分。あと四十分したら、私は風俗嬢として本格的にデビューすることになる。プロフィール写真だってもう、処理されてホームページに載っているだろう。怖いような気もする。何度も行きつ戻りつする心が、やっと戻れないところまで来た。頑張ろう。あとは前に進むだけだ。進めば何とかなる、行けばきっと何か変われる。綺麗になるって、お金もたくさん手に入るって天野さんも言ってくれた。
(……頑張ろう)
 案外、始めてみたら嫌な仕事じゃないかもしれないし。そもそも、嫌だの嫌いだの、言っていられない。切羽詰まっているんだから、できることなら何でもしよう。
 すっぴんになって戻ってくると、えりさんが鏡の前で待っていてくれた。
「始めるわね」
「お願いします」
 日焼け止めのあと、ベースは明るめのピンクベージュで肌の色を整える。乳液でリキッドファンデーションを溶いて、なめらかにしたあと顔全体に丁寧に伸ばしていく。
「自分の手で顔を温めながら塗って。指でやると肌になじみやすいから」
 そのあと、パウダーで質感をマットにしてやっぱり、手で押さえて余分な粉を落とし、肌になじませる。次はポイントメイクだ。
「あんまりいじらない方が可愛いと思うけどね。一応ナチュラルメイク的にやってくから」
「はい……」
 ブラウンのアイラインを細めに引いて、パールの入ったピンク系のアイシャドウをグラデーションで乗せていく。ロングタイプのマスカラを濃い目につけて眉は少し細めに、弧をえがくように。サーモンピンクのチークを薄めに楕円に乗せ、最後にヌードベージュのグロスをつけて出来上がり。
「終わり。できた」
 鏡をのぞいてみると、見違えるように可愛らしくなった私がそこにいた。
「可愛いでしょ?」
「すごい……! こんなに違うものなんですね!」
「メイクは無敵だから。そのときどきによってどんなふうにでも変われるのが女の強みだから、頑張って!」
「ありがとうございます!」
 えりさんは天野さんを呼んでくると言って出て行った。その間、鏡の中の私と向かい合う。
(この私、今まで見たことないくらい、可愛い……。自分で言うのもなんだけど)
 “メイクは無敵!”と胸を張ったえりさんの言葉がしみじみ分かった。

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第3話 後編は5月14日公開です

■注意■

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