新潟生まれ新潟在住、ゲームシナリオライター兼小説家。
主に女性向け恋愛ゲームを製作。
小説は恋愛からファンタジー、歴史まで幅広く執筆中。
「天野さん呼んできたよ」
待機室に入ってきた天野さんは、私の顔を見て驚いていた。
「おお、可愛いですね! やっぱり僕は間違っていなかった。地味だ地味だって店長にも言われたんですけど、これなら大丈夫。ちゃんとやっていけますよ」
「……ありがとうございます」
私はふたりに頭を下げた。
「これから、どうかよろしくお願いします。頑張ります」
「その調子ね」
えりさんは頷き、天野さんは予約伝票のようなものを持ってきて私に手渡した。
「ちょうどよかったんですけど、予約入りました。五時半出勤です。初出勤、よろしくお願いしますね」
「はい!」
「ちょっと見せてー」
伝票を私の手から覗き見ると、えりさんはにっこりした。
「ああ、このひとか。最初のお客さんとしてはいいんじゃないかな。優しいし、無理なこと言わないからきっと初めてでも怖くないよ。フツーに、恋人に接するみたいにして行ってくればいいだけだよ」
「そうなんですか?」
「うちの店は女の子に優しいっていうのがモットーみたいなものだから。無理は絶対させない」
彼女は続ける。
「特にこのひと、優しいし店の女の子平等に何度も呼んでくれるの。うちはあんまりでっかいお店じゃないから籍を置いてる女の子がすごくたくさんいるってわけじゃないんだけど、だからこそできるサービスもあるし、お客さんもそれを楽しんでくれてると思うんだ。わかなさんも、それを手伝ってくれると嬉しいな」
「はいっ、頑張ります!」
待機室の共同スペース(キッチンと仕事道具のスペースでもある)でゆっくり煙草をふかしながらそんなふうに言ってくれた。待機時間ももうそんなに残されていない。私は消臭スプレーをかけて、道具を全部揃えてえりさんの隣に座り込んで緊張していた。
「まあ、最初は緊張してるくらいが可愛いよね。私なんかもう、すれちゃってさあ」
「……はあ」
やがて携帯に電話がかかってきて、ドライバーさんの用意ができたと告げられた。いよいよ出勤だ。
「行ってらっしゃい!」
背中をポンと押されて、私はビルの外に出た。ドライバーさんが黒い車に乗せてくれる。後部座席ですぐ近くのホテルまで連れて行ってくれた。ほんの五分なのに、その時間がとても長く感じられた。
「行ってらっしゃい」
連れて行かれた場所は繁華街でも有数の高級ホテルだった。高層ビルのような階数の多いホテルの、高層階が初出勤の場所。部屋の前までたどり着いて、扉をノックする前にお客さんに非通知の電話を入れる。
「……もしもし。わかなです。エンドウさんでいらっしゃいますか?」
『ああ、こんばんは。そうです』
部屋の中から話す声が聞こえてくる。この部屋で間違いないようだ。
「部屋の前にいます。開けてくださいますか」
『ちょっと待ってね』
カチャリ、と鍵が回り、黒い重厚な扉が開かれた。
現れたのは、結構年のいった感じの、お金持ちそうな雰囲気が漂うひとだった。
「いらっしゃい、わかなさん」
「……こんばんは」
「入って?」
「はい……」
まず部屋に入ってすることは……。
そうそう、事務所に電話だ。エンドウさんに断りを入れてから、携帯で電話をかける。天野さんの穏やかな声が聞こえてきた。
『わかなさん、入りました?』
「はい、部屋の中です」
『了解です。では、百五十分プレイし終わったら、また忘れずに電話かけてきてくださいね。タイマーはきちんとセットしておいてください』
電話を切って、タイマーのスタートボタンを押す。百四十分経ったところでアラームが鳴るように設定しておいた。着替えとか、化粧を直す準備とかがあるので十分早めに設定しておくようにと言われていたからだ。
手がまた震えるほど緊張していた。足まで震えてきて、力がうまく入らない。
「今日が初めてなんだって?」
「……そうです。でもエンドウさんなら初めてでも大丈夫だって、皆さんおっしゃってました」
「ははは。そう言われると嬉しいような悲しいような。ま、とりあえず座って。怖いことはしないから」
バスローブに着替えているエンドウさんは、壁を大きく切り取った窓のそばのソファに座って、ビールを飲んでいたようだ。ルームサービスで頼んだのだろうか、缶ではなく、瓶だった。
「飲める?」
「少しなら……」
「じゃあちょっと付き合ってよ。俺、いつもひとりで飲むんだけど、こういうときくらいは女のひとと楽しく飲みたいじゃない?」
エンドウさんの態度はどこまでもフランクだ。まるで以前から面識があるかのように親しげに話しかけてくれる。
「君の緊張が解けるまで、ちょっとゆっくりしよう」
「ありがとうございます」
綺麗なグラスにビールが注がれて、それから乾杯をした。
「お疲れ様です」
「今日は仕事じゃないんだけど、たまたま近くに来てね。そうしたら新しい子が体験入店してるって天野くんから電話が入ったから、今日このホテルを取ったわけ」
「……私が、いたから?」
「そうだよ」
恋人でなくたって、自分のためにこんな素敵な高級ホテルを取ってくれたなんて言われれば、驚きもするしドキドキもする。女の扱いに手慣れているなあ、と警戒しつつも、うぬぼれそうな自分がいて呆れた。エンドウさんは静かにビールを飲みながら、私に視線を注いでいる。どうやら雑談をするつもりでいるらしい。
「こういう仕事は初めてみたいだね、その様子だと」
「……はい」
「天野くんがすごくお勧めだって言ってた女の子だから、今度はどんな子かと思ったけど、君、可愛いね」
「え、……ありがとうございます」
「水商売とかは、してなかったの?」
していないと答えると、そうかもねと微笑まれた。
「だって、ほんと、ウブな感じだもんね」
この場合褒められているのかそうではないのかよく分からない。
ひとしきり話をすると、だんだんエンドウさんのことが分かってきた。
会社の役員であること、
奥さんを早くに亡くしていること。
うちの店――『ストロベリー・ドリーミング』の利用回数はトップクラスらしいこと。
そして絶えず漂う、少しだけ寂しそうな匂い。
知らず知らずのうちにエンドウさんの空気に飲まれて、お酒も手伝っていい雰囲気になっていた。
エンドウさんは、そうして切り出した。
「じゃ、そろそろシャワー、浴びようか」
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第4話 前編は5月21日公開です
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