アンダーグラウンドシティ・ベルリン在住。
世界各地から集まった変人たちに囲まれ穏やかでない毎日のなか執筆。小説のほか、性に対してオープンすぎるこの街で繰り広げられるセックスパーティやセックスワークショップなどへの潜入取材依頼も受付中。
X(SNS)→https://twitter.com/matsuemiru
アンジェの声に振り向いたふたりの間に割り込む。
「良かったら、あたしも入れて3Pしません?」
「なっ……!」
突然乱入してきた美女の驚きの提案に、優香は空いた口が塞がらないようだ。
「も、もっちろんイイですよ!!」
「はぁ?!」
しかも男はノリノリである。少女マンガ並みに瞳をキラキラさせて早くも鼻息が荒い。
「交渉成立ね。さっ、そうと決まればホテル、行きましょ!」
男の腕を引っ張ってずかずかと歩くアンジェ、嬉しさのあまりおかしくなって「ヒャッホォーーーー!」と奇声を発している男、そして「どーなってんのよ……」とつぶやきながら付いてくる優香。好奇の眼差しのギャラリーに見送られながら3人はカフェを出て、裏通りのラブホテル街へと向かった。
「さあ~て、どんなふうに楽しませてくれるのかなー?」
シャワーを浴び終わった男がベッドの上のアンジェと優香に言った。
「まずはあたしがお相手よboy☆」
アンジェが優香に小さな声で「あんたはどいてなさい」と言ってベッドから追い出した。
「おいおい、あんたが3Pしたいって言ったんだろ。同時に楽しませろよ」
不満げな男。
「コイツ、超しつこいし超独りよがりなヤなやつなんだ」
優香がアンジェにこっそり耳打ちする。
「オラオラ、2人同時にイカせちまうぞ」
「ふふ! そんなこと言えるのも今のうちよ☆」
アンジェは男のバスタオルをはぎ取りベッドに押し倒した。
「魔法の性☆感マッサージ見せてあげるわ!」
アンジェは男の両脚を大きく開き、マジカル☆フ~ゾク嬢アイテム『魔法の性☆感10倍ローション』を下半身に塗りたくった。
「おいおい、マッサージなんて求めてな……」
言いかけた男の表情が変わる。
息をひそめ見守る優香。
「あーら、ココかしら」
魔法でマジックハンドと化したアンジェの両手は、相手の性感帯を自動的に発見し刺激するのだ!
「ああぁ、うぅぅ……」
1分も経たないうちに男は勃起し喘ぎ声を漏らし始めた。
「……まじで?ど、どーやってんのコレ……?」
アンジェは膝裏から脚の付け根を何度か往復しただけだ。
思わず疑問を呈する優香。
「優香、よくお聞き!性感帯は性器のみにあらず!!」
男に馬乗りのままズバリ答えるアンジェ。
「……ちょ、超カッコい~!」
思わず「師匠!」と呼んでしまいそうになる優香。
アンジェのマジックハンドは止まらない。
「そして! 人体には様々なツボが存在する!」
「つ、つぼ……」
ここにノートがあったらきっと優香は赤ペンを走らせていたであろう。
「そう! ココが快感のツボ!!」
アンジェが男のアナル付近を中指で突いた。
「あっ、あ~~~!」
男がのけぞる。
「もう1発じゃ!」
もはや師匠というか仙人のようなアンジェである。
「最後にもういっぱーーーつ!!」
「はぁ~~~う!」
3発目で男は勢い良く射精した。
「よーっし、完全に昇天したわねっ!」
「ま、まじー?!」
男は笑顔のままベッドで気絶している。
「さ! 今のうちに脱出!」
「え? あ、はい!」
優香は慌ててバッグを掴みアンジェのあとに続く。
「も~! アンジェ超カッコ良かったー! どうやってあの技身に付けたの? 快感のツボ! だってーあはは!」
「ふふふ! 企業秘密☆マネしちゃダメよ~」
(ていうか魔法だからマネしても意味ないぞ☆)
駆け足でホテル街を抜けるふたり。
「ゴメンね、結局わたし何もしてないや……わたしの援交相手なのに」
申し訳なさそうに謝る優香。
「いーのいーの!」
(娘のためなんだから当たり前じゃない……)
アンジェは言葉を飲み込み、代わりに優香に笑いかける。
「ありがと! 最初はこの人何言ってんの? ってびっくりしたけど助けてくれたんだね」
優香が気が抜けたような、ホッとしているような表情でアンジェに言った。
息が切れてしばらく歩き、角を曲がると大通りへと出た。大勢の学生やサラリーマンが行き交う夕方の街だ。
「さー、どうするアンジェ? お腹空いてる? ご飯でも行く?」
すっかり一仕事終えた気分の優香である。
「あのさ」
「ん?」
アンジェはスキップでも始めそうな優香の腕を掴む。
「ひとつだけ言いたいことがあるの」
「なに?」
きょとんとする優香。
「あんたね……援交するなんてバカだよ! ほんとにバカ!!」
「な……!」
突然ののしられ一瞬敵対心を見せる優香、しかしアンジェの強い語気と真剣な眼差しにひるむ。そこに知らず知らず”母親”の厳しさと優しさを感じ取ったのかもしれない。
「な、なによ……」
ーー援助交際。
最初は友達に誘われて軽いノリで始めた。
簡単に大金が手に入ることを知った。
時にはオヤジをだましたり、危ない橋を渡ったりした。
でもそれも数をこなすうちに抵抗がなくなっていった。
そんな自分に時折違和感を感じていないわけではなかった。
友達にも、先輩にも、親にも言われたことはなかった。
こんなことしている自分は「バカ」なんだと。
けれど今日会ったばかりの見ず知らずのアンジェにはっきり言われて、逆に優香は素直にその言葉を受け止め、納得したのだった。
「あ……」
ありがとう、そう言いたい気分だった。
ありがとう、叱ってくれて。
「アンジェ、わたし……」
「言い訳なんか聞かないよ!!」
「へっ?」
なぜかさっきよりも怒り度が上がっている。
「そーやって自分すり減らすくらいなら風俗で働いてみな!!」
「は、はぁ?!」
予想の斜め上をいくアンジェの発言に再びポカンな優香。
「そうだ、あたしが働いてるお店に来なよ! ここから遠くないし、あたしもこれから出勤だから一緒に行こう! すごいイイお店なんだよ! ね、ね、ね☆」
すごい勢いで畳み掛けながら優香の腕をぶんぶん振り回すアンジェ。それを迷惑そうに避けていく通行人たち。
「わ、分かった……よ……」
納得できるようなできないような理論(これを俗にマジカル☆フ~ゾク理論という)だったが結局勢いで押し切られた。
「近いから歩いて行こう! レッツゴー!」
腕を組んで歩き始めるふたり。
「……も~、超ヘンな日なんだけど!」
笑い出す優香。
つられてアンジェも吹き出す。
(……優香と腕組んで歩くなんて、いつ以来かなあ……)
娘と並んで歩くアンジェー佳子の胸に、なにか温かいものがじんわりと満ちていた。
「メルティーマンゴー……ふぅん」
優香がお店の前で立ち止まり、いかがわしそうな表情で中の様子を伺う。
「大丈夫、入って入って」
店長には既に事情を説明してある。
「店長~! おはようございまーす!」
「おはようございますアンジェさん。っと、この可愛い子は……?」
店長が優香を見て興味深げに言う。もちろん演技だ。
「あたしの友達の優香でーす!」
「あ、どうも初めまして……」
ぺこりと頭を下げる。
「アンジェさんに負けず劣らずな美女だねぇ~、いや美人っていうより可愛いかな。アンジェさんが美人タイプで優香ちゃんは可愛いタイプだね」
「そーでしょぉー! もうあたしの若い頃にソックリでー! おほほほ☆」
食い気味のアンジェ。
「何言ってんのアンジェ、うちら年変わんないじゃん!」
優香が不審な顔で突っ込む。
「……」
店長と無言のアイコンタクト。
(しまった……)
優香を褒められるとつい母親モードになってしまう。
「……いやあの優香、童顔じゃん……あたしの小学生のときみたいだなって……あは、あはは……」
「何それー! わたしそんなにガキっぽい?!」
無理のあるフォローに掴み掛かる勢いの優香。
子供っぽさは残るが19歳なのだ。そういう発言が気になるお年頃である。
「いやイイ意味でだってば! ね!」
「イイ意味で小学生ぽいってなんだよ!」
「はいはいそこまで!ムキになる顔も可愛いね優香ちゃん。きっと人気が出ちゃいますよ~ははは」
店長がうまく優香をなだめて場は収まった。
そんなこんなで優香がお店で働き始めて1週間後。
たまたま出勤日が重なったふたりの元に、ナイスタイミング! と店長がやって来た。
「すごいニュースですよー!」
右手に紙をひらひらさせている。
「どーしたんですか店長?」
「テンション高いですね~」
アンジェは優香の髪をコテで巻いてあげている。この1週間でかなり打ち解け、今では本当の友達のようだ。
「この1週間の集計です! 発表しますよ。指名、売上ともにトップはアンジェさん!」
「やった! ありがとうございます!」
ガッツポーズのアンジェ。
「そして……」
「そして?」
「なんと新入りの優香ちゃんがナンバー2です!」
「……うっそー?!」
完璧美女でテクニシャンのアンジェと、いかにも素人で恥ずかしがり屋な優香は対照的だが、それぞれの魅力が際立ち共に大好評なのであった。
「これは店の売上新記録を作るかもしれませんね! これからも宜しくお願いします!」
「はーい!」
「負けないからねアンジェ~!」
その日の仕事上がり。
「ね、アンジェ、ラーメン食べて帰らない?」
優香が言う。
「イイネ!」
ぐっと親指を立てて答えるアンジェ。
働いたあとのラーメンは最高だ。
「ここだよー、友達がバイトしてんの!」
赤のれんをくぐり店へ入ると多方から「らっしゃーい!」という声で迎えられる。
「味噌ラーメンが絶品なんだよね! ヤバいよまじで!」
その言葉を裏付けるかのように店内はお客で溢れ、その多くが味噌ラーメンをおいしそうにすすっていた。
ふたりが隅のテーブル席を見つけて腰を下ろすとすぐに店員が水のグラスを持ってやって来た。
「優香いらっしゃーい、味噌?」
見覚えのある子だ。確か優香の同級生だった気がする。
「モチ! アンジェも味噌でいいよね? 味噌二つヨロ」
「りょうか~い。ていうか今日帰りにトイレットペーパー買っといてくんない? わたし今日二時上がりだからさあ」
「全然おっけー、ついでになんかちょっと食材も買っとくよ」
「ありがとー! 超助かる~」
「当たり前だよー居候させてもらってるんだから!」
「じゃヨーグルト忘れないでね低脂肪の方ね」
「はいはい、てかまかない食べて帰ってくるからアンタ全然痩せないんだよ」
「うるさいな~、味噌ふたつ入りまーす!」
きゃいきゃいしたやり取りの中で優香がこの子の家に泊まっていることが分かった。
(良かった……援交相手とかの家じゃなくて……)
密かに胸をなでおろすアンジェ。
「あ、ゴメン! 話し込んじゃって」
黙ったままのアンジェに気付いて優香が謝る。
「え! いいよ全然いいよ! ……優香、あの子と一緒に住んでるの?」
なるべく自然な感じに尋ねる。
「そう、居候させてもらってるの。実は最近ほとんど自分ち帰ってなくってさー」
胸がずきん、と痛んだ。
「……なんで?」
アンジェが遠慮がちに聞くと向かいに座っている優香はふっ、と目を伏せた。
「なんかー、うちパパとママの間が超冷えきっててさー。パパは仕事ばっかでそりゃ忙しいのは仕方ないけど、全然家庭に興味ないって感じなのね。で、ママは専業主婦なんだけどそーいうのも全部諦めてて、パパが外泊してももう黙認っていうか、パパはエリートだから遠慮してるのか知らないけどさ、関係を修復しようって努力も放棄してんだよねきっと」
淡々と語る優香。
口調は軽い。
さっきの友達と喋っている感じと変わらない。
でも
「うち隙間風吹きまくりだからー帰りたくないんだよねー。なんかみんなバラバラで。帰っても居場所ないっていうか。はは」
自虐的に笑うけれど、瞳はごまかせない。
すごく寂しそうなふたつの瞳。
「……優香」
アンジェは目頭が熱くなるのをぐっと我慢した。
知らなかった。
娘がこんなに孤独を感じていたなんて。
反抗して、外で好き勝手遊び回っているわけではなかったのだ。
「はい、お待ち!」
ふたりの間にどん! とラーメンが二杯置かれた。
「トッピング大盛りにしといたから!」
ウィンクをして去っていく店員の女の子。
「やったね! さ、食べよ! いただきまーす!」
「……いただきます」
香ばしい良い香りのする湯気が、アンジェの涙で潤んだ瞳を隠した。
******
のちに優香は本当にやりたいことを見つけ、それを実現させる為に再度真剣に大学進学を目指すこととなる。同時にメルティーマンゴーも多くの顧客に惜しまれながら卒業するのだった……。
それを、アンジェはまだ知らない。
<第5話に続く>
------------
第5話は12月24日公開です
■注意■