アンダーグラウンドシティ・ベルリン在住。
世界各地から集まった変人たちに囲まれ穏やかでない毎日のなか執筆。小説のほか、性に対してオープンすぎるこの街で繰り広げられるセックスパーティやセックスワークショップなどへの潜入取材依頼も受付中。
X(SNS)→https://twitter.com/matsuemiru
メルティーマンゴーで働き始めてから現在まで、アンジェは変わらずトップを独走している。夜の世界でトップの女の子というのは時として他の女の子から恨まれがちだが、アンジェに限ってはその年の功、もとい母性と天然ポジティブパワーによってむしろ同僚から慕われていた。
それはお客も例外ではなく、先月新規客として来店して以来、アンジェにいたくハマっている男――本人の為に仮にA氏としておこう――もそのひとりである。
「アンジェさーんAさんからご指名でーす」
「わぁ~またですねー!」
「アンジェさんやっるぅ~!」
待機部屋の女の子たちがざわめく。
「120分コースです」
「昨日もじゃなかったですか?」
「いや私が聞いただけで今週3回目だよ?!」
「すご~」
アンジェにハマって最低週に3回やって来るAは店の中でもちょっとした有名人となりつつある。
「いや、指名してくれるってだけでありがたいことだよ? みんな騒いでないで、ホラちゃんとお化粧して。金曜だから忙しくなるよ!」
アンジェは女の子たちをなだめながら出発する。
「いってらっしゃーい!」
「いってきまーす!」
Aがお店を利用するときはアンジェをホテルや自宅に呼ぶのではなく、必ず駅前待ち合わせをリクエストする。その方がただ抜く為にデリヘル嬢と会うのではなく、彼女とデートしてその後……的な気分を味わえるからだ。
(え~っと……あ、いたいた)
細身でよれったスーツを着ていて28歳なのに後頭部が薄いメガネ、それがAである。
「ごめんなさ~い! 待たせちゃいましたー?」
指定の時間は過ぎていないがアンジェはそう言って笑顔でAに駆け寄る。
「ぜ~んぜん待ってないよぉー! さ、行こう!」
心底嬉しそうな声でAは答えてアンジェの手を取るとスキップ混じりに歩き始めた。
プレイはいつものように終始アンジェがリードして素股でフィニッシュ。早漏のAがなぜ毎回120分コースをリクエストするかというと、プレイが終わってからの90分以上アンジェと添い寝をしたいが為である。
「あ~今日も良かったよ……アンジェちゃん……」
Aはフィニッシュしたあとの眠気に襲われながらも幸せそうな表情で、アンジェを腕枕しながら空いた手で髪の毛を撫でる。
「ホント? 良かったですぅ……」
アンジェも半分うとうとし始めている。この時間は仮眠タイム……といってはAに失礼だが、ある意味安らぎの時間ではあった。
「僕、こうやって君と一緒に眠りに落ちていく瞬間が一番幸せ……です……」
そう言ってAはすーすーと寝息を立て始めた。
「おやすみなさ~い……」
タイマーを少し早めにセットしてアンジェも仮眠することにした。
とある日。
「アンジェさんっ!」
「わっ!」
出勤途中のショッピングモールを抜けた角を曲がったところでいきなり名前を呼ばれた。
「……Aさんじゃないですか!」
「こ、こんにちは……へへへ……」
お客と仕事の現場以外で会うことはめったにないので驚くも、プロ根性で咄嗟に笑顔を作るアンジェ。
「こ、こんにちは~! こんな所で会うなんて奇遇ですね……」
(何だろう……もしかして近所に住んでるとか?)
不審な予感がふとアンジェの頭をよぎったがAは知る由もなく、目をせわしなく泳がせながら言う。
「あ、あのう……今夜空いてますか?」
「今夜? すいません、あたし夜は仕事しないことに決めているので……」
本業は佳子(職業:主婦)である。
「わぁっ! じゃあちょうど良かった! あの、映画のチケットが2枚あるので良かったら一緒に行きませんか?! アンジェさんが好きなジャンルか分からないですけど監督は最近海外の映画賞を取って注目されている方でまだ若くて確か30代半ばくらいなんですけど実力は折り紙付きですそれで主演の俳優も舞台出身でテレビでは無名ですがその演技力は多方面で評価されていて映画関係者も今期最も注目すべき俳優だと言ってまして……」
「あの、あのー! あのーー!!」
「はい?」
3度目の呼びかけでやっとマシンガントークが止まった。
「ごめんなさい、うちそういう店外デートは禁止されているので……」
「えっ?」
Aの表情が曇る。
「ごめんなさい。またお店に予約下さい! じゃあ失礼します!」
アンジェはペコリと頭を下げて小走りでその場を去った。
その後もAからの指名は3日と空けず入り続けた。
仕事で会わない日は道端でばったり会ったり、たまたまランチに入ったカフェにやって来たり、他のお客の指名で向かったホテル前に現われたこともあった。こういうことが1ヶ月も続くとさすがに楽天的なアンジェもAに対して不信感を抱き始めた。
また数日後――
「ねえママ見て、あのオッサン何か怪しくない?」
「え、どこ?」
土曜日の夕方、娘の優香と買い物へ行った帰りだ。マンションのエントランス近くの植え込みに身を潜め入り口を伺っている男。
(……あれは!)
Aである。
知らぬ間にアンジェの後を付けていたのだろうか、自宅を突き止められてしまったということである。
(これはちょっとまずいわね……)
ただ、今は佳子の姿なのでAが気付くはずもない。何食わぬ顔をしてつかつかと近寄った。
「こんにちは! あなたここで、何を、してらっしゃるんですかあ?」
出来る限り高圧的な口調で言う。
振り向いたAはきっと驚いて、見つかった気まずさから逃げ出すだろうと思いきや…
「あ、ちょっと知り合いを待ってるんです」
Aは眉一つ動かすことなく、さも当然のことでしょう、といった表情で答えた。
「し、知り合い?」
「はい。というかまあ彼女ですよ。彼女を待ってるんです」
「かかか彼女?!」
「はあ」
逆に困惑の表情を見せるAに佳子はその倍くらい戸惑う。
(どーいうこと……?実は彼女がいたのか? その子がたまたまウチのマンションに住んでるとか? いやでもだったらこんなとこで待たないで携帯に連絡するなりオートロック開けてもらうなり……)
「ママ、ママ!」
優香が佳子の袖を引っ張って囁く。
「もう行こうよ! 変な人だよきっと……」
「そ、そうね……」
娘に促されながら立ち去る佳子を不審な表情で眺めるAであった。
「佳子しゃん、それストーカーでしゅ」
緑茶をすすりながらキーがはっきりと言った。
「がーん! やっぱり?! ど、どうしようー!」
のり巻きあられが手からこぼれ落ちた。
翌日の昼下がり、事態を重く見た佳子はついにキーに相談すべく呼び出したのだ。
「たまにあることでしゅ。丁寧な接客をする嬢ほどその優しさを勘違いされて、お客から個人的な交際を迫られたり、最悪ストーカーされたりするでしゅ」
「ストーカー……だなんて……そんな、そんな……」
よよよ、とソファにしなだれかかる佳子。
「……ああっ! 美しいって罪なのね……!」
「……」
ボリボリとキーがあられをかじる音だけが部屋に響く。
「……ちょっと! フォローしなさいよ!」
誰も寄り添いに来てくれないので自ら起き直る佳子。
ずずーっと緑茶をすすってキーが答える。
「だって佳子しゃん思ったより大丈夫そうでしゅ」
「ま、まあね」
これが一般の女の子だったらすぐに警察に相談した方がいいが、アンジェの場合、腕力では男にも負けないことが証明されたし(長身マッチョの安藤に勝ってヒョロヒョロのAに負ける気はしない)、いざとなったら魔法だって使えるのだ。
「かと言ってストーカー行為は絶対に許されない!やめさせなきゃ!」
「それはそうでしゅねえ……あっ! それボクの梅のり巻きでしゅ!!」
「は? ボクのとか誰のとかありませんけど」
お皿に一つ残っていたそれを口に放り込む。
「あ~! 最後に取っておいたのに~~~!! 佳子しゃんのバカバカー!!」
「残念でしたー! あーオイシ~☆」
もぐもぐする佳子をわなわなしながら睨むキー。
「ぐぬぬ……意地悪なおばさんはキライでしゅ……この姿をそのストーカーにも見せてやりたいでしゅ!」
すねて丸くなったキーを見て、佳子が閃いた。
「……いいこと思い付いたわキー!」
翌日。
「アンジェさん! やっと会えたね!」
「あら、Aさんこんにちは~」
予想通り出勤中にばったりとAに会った。いや、今はこれが偶然でないことは分かっている。
「アンジェさん、今日が何の日か覚えてる?」
真剣な顔でAが詰め寄る。
「え? ……今日って何か祝日でしたっけ?」
「何言ってるの! 僕達が初めて結ばれてからちょうど38日記念日だよ!」
(ちゅ、中途半端!! ていうか結ばれてない! 素股だ!!)
突っ込みたい箇所は多々あるが心の中だけに押さえるアンジェ。
「そ、そうなんですね~知らなかったなー。ははは……」
無理矢理笑顔を作るが完全に頬が引きつる。
「嫌だな、覚えてないなんて。それに今日はもう一つ大事な記念日なんだよ。まさか忘れたとは言わせないよ」
挑むような視線を寄越すA。
「な、なんでしょう……」
こんなにも聞くのが怖い記念日が未だかつてあっただろうか。
「もー! 付き合って今日でちょうど30日だろ?! これすら忘れちゃうなんて僕ちょっと悲しいよ!」
(えーーーー! うちら付き合ってたーーーーー!!)
雷で打たれたような衝撃とはこのことだろう。どこをどうしたらそう思えるのか理解不能だが、今はちょっと涙ぐんでいるAの精神分析にトライする時間はない。作戦を実行せねばならないのだ。
「だから、今日こそは二人きりで過ごしたいんだ!」
アンジェの両肩を掴み、ずずいと迫るA。
(やばい、この人目がいっちゃってますけど!)
「…わ、分かったわ」
「本当?! 実はもうホテルを用意してあるんだ! もちろんスペシャルなディナーもだよ!!」
Aはそう言うとアンジェの返事も聞かずに「タクシー!」と叫びながら路上に飛び出して行った。
着いたのは以前も利用したことがあるラブホテルだった。
「さっ、ここだよ! はい、お姫様!」
満面の笑みで右手を差し出し、タクシーからエスコートしようとするA。
「あ……はーい……」
(なーんだ、大げさなこと言うからもしかしてリッツとかパークハイアットとかとってるかと思ったのに)
何気に失望するアンジェ。いや、ストーカーに求めるのがお門違いなのであるが。
部屋へ入ってベッドへ腰掛け、アンジェはさっそく罠を仕掛ける。
「ねえ、Aさん。今日は特別な日だって言ったでしょ?」
そう言いながら上着を脱ぎ、靴を脱ぐ。
「うん! そうだよ。だって僕らの記念日だもの!」
ブラウスのボタンを一つずつ外していくアンジェとジャンピングダイブでベッドへ飛び乗るA。
「実はね……Aさんにお願いがあるんだ……ちょっと恥ずかしいんだけど言うね」
スカートを少しずつまくり上げる。
「何だい? 僕のハニー!」
(は、はにー……)
背筋が寒くなるのを我慢してアンジェは続ける。
「あたし実は……オモチャ使うのが好きなの……これ使ってくれる?」
スイッチを入れた魔法のピンクローターを手渡すと、Aの瞳がキラリと輝いた。
「いいよ何でもしてあげるよ! 可愛い彼女の為だもん~へへへ」
ヴィーンという振動音と共にそれをゆっくりとアンジェのアソコへと近づけるA。
「あんっ!」
腰がぴくんと動く。
それを見てAは鼻息も荒く「ここかな? こうかな?」と色んな角度で色んなポイントを突いてくる。
「あんっ、あんっ、あ~ん!」
“魔法のピンクローター”だけあって、テクニックのないAだろうが誰が使おうが女の子を気持ち良くさせてしまうのだ。
「へへへ、気持ちイイの? 感じてるの?」
「うん……すっごく……ねぇ……下着どけて……クリに直接ちょうだい……」
「分かったよ……こう?」
Tバックの細い布地を指で避けて、振動を最大にしたローターをアンジェのピンクのクリトリスに押し付ける。
「はぁ……はぁ……もっとぉ~!」
アンジェが腰を振るとローターの手元がキラリと光りなんとバイブレーターへと変化した!
「わぁっスゴい! ……コレをココに……入れちゃいます!!」
極太のそれがアンジェに挿入される。
「あああああっ……何コレすごすぎだよぉ~!」
絶妙に回転しながらクリトリスとGスポットを同時に突いてくる。これには百戦錬磨のマジカル☆フ~ゾク嬢と言えど……
「あーーーんイクーーーーー!!」
Aの目の前で絶頂を迎え……アンジェは佳子の姿に戻ってしまった!
「はぁ……はぁ……スゴかった……バイブに変形するなんて聞いてないわよキー…」
ふと視線を上げると、まだ事態が飲み込めないような表情でぽかんと佳子を見ているA。
これが、佳子の閃いた作戦である。
「あらびっくりした? ごめんなさいね~、今まで仮面を被ってたんだけど私ホントは42歳なのーうふふ!」
まさかストーカーしていた相手が42歳のおばさんと判明すればショックで行為をやめる、というか立ち直れないであろう。
佳子はチャンスとばかりに思い付く限りのおばさんトークを繰り広げる。
「も~厄年に悪いことがあるって本当なのよねー! 1回江原さんに霊視してもらいたいわあー! ちょっと動くとすぐ汗かいちゃって、これまさか更年期障害?!いやだわ~まだ始まって欲しくないわあ~最近手足も冷えるのよねえ~やだやだ」
「は、はぁ……」
辛うじて相づちを打つのが精一杯のA。
「あ、そうだもうすぐスーパーあさくらで夕方のタイムセール始まるわ! 今日は卵がなんと99円なのよ! Aさんも一緒に来てよ、一人1パックしか買えないの!」
「いや、ぼ、僕は……」
熟女の迫力になす術無しのAにトドメだ。
「あ~ら~?」
「なっ、なんでしょう……」
佳子は大げさに視線をAの股間へと移す。
「こんなところに美味しそうなソーセージ! いただきマンモス~☆」
佳子はAのペニスにむしゃぶりついた。
「あっ! ちょ、ちょっとお待ち下さ……い……そんな、あっ、あっ、あぁ~っ!」
抵抗する間もなくAは果てた。
「ボウヤ、ママはスーパーあさくらに行かなきゃいけないから、お先にドロンするわ☆」
捨て台詞を残し佳子はホテルを去った。
それから数週間ー
「佳子しゃん知ってますか~? メルティーマンゴーの系列店、熟女専門のオールド☆ミス」
「知らない。何よ、ついにあんたまであたしを熟女扱い?!」
どん! と湯のみをテーブルに置く佳子。
「あのストーカーだったA、今はオールド☆ミスの常連らしいでしゅ!」
「まじで?!」
(あれから店に1度も現われないと思ったら……)
ラブホテルに置き去りにしてからというもの、店でもカフェでも路上でも会うことはなかった。
「あの熟練テクニックはやっぱり熟女にしかない、とか、柔らかく垂れ気味のお肉が最高だ、とか絶賛らしいでしゅ!」
ストーカーするほど熱を上げていた嬢が実はおばさんだったという事実を何とか受け入れる為に、Aは自分なりに努力したのだろうか、いやただ単に佳子をきっかけに熟女に目覚めたのだろう。
「作戦大成功でしゅね~さすが! これぞ年の功!」
「超……フクザツ」
<第8話に続く>
------------
第8話は2月3日公開です
■注意■